クライミングジム R&F

2018年3月5日 by 宮嶋悠

普及と変化

こんにちは スタッフの宮嶋です。オリンピック日本健闘していましたね。あまりスポーツ観戦はしない方なのですが、オリンピックならではの違った盛り上がりを楽しめますね。

とうとうクライミングもオリンピック種目になって、2020年にはその姿がお披露目される・・そんな光景がより想像しやすくなりました。オリンピックで人目に触れれば、クライミングに縁のない人たちの関心も高まります。ではその人たちはクライミングに対してどんな印象を持つでしょう?今回はオリンピック種目になりかつ街中で流行することでクライミングはどう変わっていくのかを考えてみたいと思います。

 

 

クライミングの二極化

 

クライミングにまつわるキーワードをならべてみます。

岩(ボルダー、岩壁)、登山、氷、自己管理、自己責任、カラフルなホールド(人工壁)、アウトドアレジャー、コンペティション・・ここから分かりますが現在のクライミングには対局の要素が含まれています。

それは冒険(自然)であることと、競技(人工的なスポーツ)であることです。

クライミングが街中で普及することで、この二つの性質は切り離されていくと思います。それまでは何となくこの境目が曖昧だったものが、オリンピックで人口壁に焦点を当てることによってハッキリと分離していくような気がします。

 

 

自然と人工壁 — 冒険と競技の世界

 

まず考えられるのは、自然の岩(山)と人口壁の両方で一人の「選手」が活躍していくことが困難になっていくのではないかということです。活躍の場が「オリンピック」ともなればあっちもこっちも両立するのはとても大変そうです。しかもスピードを含めた3種目です。岩で必要な精神力・技術体力も並大抵のものではありません。

一人のクライマーにとって、オリンピックがクライミングの最大の目的で、それ以外の自然への挑戦は二の次なのでしょうか。もちろんそんなことはありませんよね。

けれどもこの二つはそれぞれ独立していく過程にあるようです。

経済的な理由もあると思います。以前 Rock & Snow のダニエルウッズのインタビューで アメリカではスポンサーは岩への挑戦には資金を出すけどコンペはほぼ自費。と答えていました。国の自然の広大さも違うので、考え方も違うのでしょう。アメリカは大きな自然に恵まれているからですね。

クライミングは好きだしジムには通っているけど、ワールドカップやジャパンカップで優勝するような人は知っていても、岩で活躍するクライマーはよくわからないし、そもそも岩が想像できないし危ないから興味はない・・ なんてことにもなりそうです。

それに、一般人が街中でクライミングに出会えば、登る人は「消費者」「お客さん」であり「安全・安心」を求めます。クライミングの印象に偏りが生じるのも無理はありません。

ちなみに・・便利だなあと思うのは、YouTubeで海外の岩場や色んなジャンルで活躍しているクライマーが見れます。Epic TV とかすごいです。Reel Rock Tourもすごいですけどね。バンフ映画祭とか。

 

 

クライミングはしてるけど・・ 観る人 と 登る人

 

プロとそうでない人、選手と観客 という分離もみられるような気がします。登ってるからには 選手、プロ、グレードなど関係なくクライマーは同じクライマーではないのでしょうか。

強くなりたいと心から思ってる人、強さって何だろうって真剣に考えてる人こそ、プロとか表面的なグレードや肩書ではなくて自分なりの答えがあると思うんですよね。周りがすごいと言ってるからではなくて、自分がすごいと思ってるかどうか。自分に響くかどうか。クライマーは同じクライマーでありたい、でいいと思うのです。

そこも分離してほしくないなと心から私は思います。

だってクライミングは自分のものだから。プロや選手だけのものではないんです。

クライミングの普及がこれらの分離をどうか促しませんように。クライミング(ボルダラーじゃないか( `△´)ノ とかは置いといて)が好きなら、自分がクライマーであることがそれを止められると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

重たい文章って 書くのつかれますね。

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