クライミングジム R&F

2017年4月17日 by 宮嶋悠

岩はだれのもの②ラインについて

雨でめちゃくちゃ湿度が高いですね。いつもの安定の月曜日でまったりです。さて前回に引き続いて記事を書こうと思います。あんまりキャッチ―なネタではないようですが(^^;)

 

何年か前に、こんなことがありました。私がグレードだったり変な見栄に苦しめられていた時期だったと思います。そんな中とても好きになれる岩がありました。そこへ行ったときのお話です。

 

その時は無知で存じ上げませんでしたが、プロクライマーの方が2名とそのご家族が1名先に見えていました。それも確か上裸だったと思います。岩でプロの方の本気の登りが見れるなんて今後あるかしれません。1月の寒い時期でした。

当然私はすごい人だなんて知らないので、きちんとした挨拶もしなければ、好きな岩できちんとムーブを考えようと相手の登りは見もしませんでした。ただ一瞬、自分もやっていた課題の一端を家族に教えるために登っているのが見えました。すごい人だと知っていなくても、ほんのワンムーブでもとても美しい流れるような動きでした。忘れません。

ちなみにその当時そのムーブを私はできませんでした。どんなに力を入れても。

 

あとから知りましたが、その方はトップクライマーでその岩の開拓者でもありました。

 

そして私の同行者がラインを見定めてトライし、リップ付近まで到達したとき、マットを手にスポットを手伝ってくれました。ガンバ!と応援までしてくれました。残念ながら登れませんでしたが、リップまで渾身のトライでした。

その後プロの人たちは場所を移動しいなくなりました。岩をよく見ると、さっき登ろうとした直上のラインはかなり難しく、右に迂回してのトップアウトが妥当でした。そこで彼は「さっきの人、右だって教えてくれりゃよかったのに!」と一度あるかどうかの機会を逃して悔しそうにしていました。

 

帰り道、プロだということを知ってブログや略歴を読みました。そして思いました。あの時あえてラインを教えなかったのは、直上を岩のラインと見立てて必死に登ろうとしているクライマーの気持ち・考えを尊重してくれたのではないかと。。岩のどこを登るか、ラインというのはとても大事です。直上する という気合を、ガンバとマットをもって応援してくれていたんだと思います。それは、開拓者だからこそわかる気持ちだったのかもしれません。

何が正解かというのは、岩や自然を前にして答えはないと思います。熟知している人の考えがこのような結果になったと思います。自分が登りたいと思ったところを登る、それに尽きるということなんだと思います。それから、自分で見つけ出すからこそ結論に重みがあること。

同行した人が少しうらやましいです。ラインに挑戦できること、気合を感じさせて周囲に背中を押されたこと。その一件から、私はすごく大事なことを学んだと思います。その人の流れるようなワンムーブと一緒に思い出します。

課題ではなくラインを登るという考え方。ラインへの挑戦と決心。気持ち。

プロのクライマーは、これだけ人に与えられるものがあるからすごいんだなとも思いました。

 

岩はだれのもの というタイトルですが、ラインはだれのもの というタイトルにもなります。初登者・開拓者という先駆者が努力の末に作ったものでもありますし、トポという公認の共有できる情報もあります。トポ通りに登りたいなら、既存の課題を登りたいならそれに従うのがよいと思いますが、書いていないものは分かりませんし、トポ通りに登ったはずなのに批判をされてしまうという話もよく耳にします。けれど、上の私の体験を思い出すと、とても小さなルールの話に思えてなりません。小さなルール、小さな世界の中で何かをすることも楽しいと思います。けれどそれと岩とは実際関係ないように思います。岩は自然のものであり、一人のクライマーは岩の課題と向き合う独立した存在でありたいと思うからです。

 

岩を登るというのは、どういうことなのでしょう。ジムとはどう違うのでしょう。課題とはなんなんでしょう。ラインというシンプルな考え方が岩には合っていると思いました。

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